こんにちは、梅です!
先月は武田信玄の濃い人生を堪能しました。
そして…栄光と伝説の後に残されたのは……。
信玄の負の遺産です。
息子:武田勝頼の葛藤、そして武田家の凋落から
今の世を生きる私たちへの教訓が山盛りに得られることでしょう。
Let's 歴史の会!
■日にち:2009年10月18日(日)
■時 間:13:00-17:00
■場 所:カフェミヤマ渋谷公園通り店
■定 員:16名
■予約名:ウメハナクラブ
参加者はコメント欄に参加表明をお願いいたします。
お友達の誘ってのご参加もWelcomeですよ〜
先月は武田信玄の濃い人生を堪能しました。
そして…栄光と伝説の後に残されたのは……。
信玄の負の遺産です。
息子:武田勝頼の葛藤、そして武田家の凋落から
今の世を生きる私たちへの教訓が山盛りに得られることでしょう。
Let's 歴史の会!
■日にち:2009年10月18日(日)
■時 間:13:00-17:00
■場 所:カフェミヤマ渋谷公園通り店
■定 員:16名
■予約名:ウメハナクラブ
参加者はコメント欄に参加表明をお願いいたします。
お友達の誘ってのご参加もWelcomeですよ〜

先週の土曜日、第32回の歴史の会の報告をさせていただきます♪
「こ、今回こそは…ダメかと思いました!」
…といいながら登場したマキ山氏。
どうやらレジュメが16ページになってしまい、
ぎゅうぎゅうに押し込めて7ページに縮めたのだそうな。
それだけ伝えたいことが多かったのですね。
今回は、長かった足利将軍を終えて
いよいよ戦国将軍に突入!!
戦国将軍第一回目は、私も以前住んでいた山梨の
武田信玄です♪

参加者からの予備知識ではこんな声も。
「信玄はマネンジメントの達人。そこから学びたい。」
「武田信玄は戦略家。上杉謙信は戦術家と聞いた。」
「地元(山梨)の武将。釜無川に信玄堤を作った人。政治もとても興味深い。」
「名言集〜人は生垣。人は城。」→本当にお城を持っていなかった。
「影武者が6人いたとか?!」
「女好きだったらしい。でもバイセクシャルだよね?」
私は今回、くじ引きで武田信玄をGET!
これはご縁がありますね〜。
「男も女も両方いけますから。」と高らかに言い放ちつつ…。
本編は始まりました。
私にとって武田信玄のイメージは88年の中井貴一だったのですが
(うちは父が歴史好きで、みんなで大河を見て育ったのですよ。)
↑こうして今見ると、なんとゴージャスな出演者!
最近のところで言うと、風林火山のイメージもありますよね。
ですが、じつは風林火山の元になっている甲陽軍鑑は
神化されたちょっと怪しい部分もあるそうで
その他さまざまな文献・新事実を統合した見解に基づいて
今回は進められました。
最初の登場人物(私の記録可能なところで)を紹介すると
・武田信玄:戦国大名中1・2位を争う人気者。父に疎まれていたが、追放して当主に。
他国に積極的に戦に出かけ、ほとんど常勝。
国の経営にも優れており、江戸時代にフィーバーして人気が上がった。
家臣コレクター。(優れた家臣を多く集めていた。)
・武田信繁:出来がよく、父からも可愛がられていたが、
父親追放の際には兄側につく。有能で、弟としてではなく、家臣として支える。
・今川義元:元はお坊さん。織田信長との桶狭間であまりイメージはよくないが、
じつはとてもよく出来た人。武田とはいろいろな意味で縁があり、同盟を結んでいた。
・武田信虎:信玄の父。他国に攻め入っていくが、農民は重税で苦しめられていた。

戦国の世らしく、信玄はあらゆるところに争いの種を見つけては
こっそりとささやき、土地を奪う。
我ながら胸がすくぐらい堂々と人の弱さに漬け込み領地を広げていくのですが
その傍らで、地元甲斐の国では
暴れ川で有名だった川に15年かけて信玄堤をつくっていたり。
お父さんのしなかった政治の面を自分の代では手を掛けて整備をしていくんですよね。
甲州法度次第を定めて、
武田家当主であっても理不尽な振る舞いがあれば誰からでも訴えられるような
公平なシステムを作ったり。
(喧嘩両成敗はここから始まっているのだそうな。)
富国強兵策として新田開発や金山経営をしていたり。
海無し県ですが、あるものの価値を見出して国を豊かにしていく
みんなのための政治が、人々の心をギュッとつかんだんですね。
なので、お城は無くても(信玄堤にかなりお金が掛かったので…という話もあります)
人を大切にすると、人が守ってくれる。
〜そういうことが「人は城」という言葉に凝縮されていたようです。
(山に囲まれているので誰も攻め入ってこないという側面もありますが。)
以下、マキ山名言集です★

・武田:鎌倉〜室町〜戦国とシステムが入り混じっている。合議制だったとも言われている。
・信玄はつけこみ上手!高遠をそそのかし、諏訪を武田のものに。
(その後は濃衣姫:夕姫の子を諏訪の領主にすれば問題ないと思っていた。)
【武田信玄Style】
親戚にささやく → 暗殺 → いい感じにぐちゃぐちゃになったところにつけこむ。
・勝つ見込みのある争いをしている。72戦中、引き分けも含めて勝率96%。
・甲州法度 分国法:領主も訴えていいんだよ!というのをみんなが知っているのは珍しい。
「徳で人を治めるべきだ」
・○○崩れ:圧倒的敗北のこと。3敗とも、村上義清に。
・真田さんちは調略が得意。
・武田・北条・今川…今まではただ単に仲が悪いだけだったが、
「敵の敵は味方」と連合を組んだことで情勢にも変化が起こる。
娘交換ルートの成立。
今川ー武田:政略結婚だったのに… 義元の死後、「チャンス!」と駿河侵攻。
妻の実家である今川攻めに反対した長男は殺されてしまう。
・川中島の戦い:5回のうち4回はうーんうーんと睨み合っている。
2ヶ月くらいで撤退する。
4回目だけ…武田軍:啄木鳥戦法の失敗で信繁・山本勘助を失う。
上杉軍:前半はよかったが、取った首を腰に下げていて
重たくて後半は死ぬ人が多かった。
→両方あわせて6,000人が死んだ。
・長尾影虎(上杉謙信):調略できない。そういうのは苦手らしい。でも神ががり。
人にはそれぞれ上手く行く方法がある。
・取った国は自分で豊かにして、年貢を吸い上げなきゃ。
「武田の国でよかった」と言わせなきゃ。戦いと同時進行が大事。
・織田信長:坊主と見れば、火をつける。 ※ 信玄も謙信も坊主。
・武田はのろしネットワーク (By 高坂)を持っていた。
・人を失って、土地を取った武田か。
人は失わずに、土地を失った上杉か?!
・信玄の同盟は役に立たないと有名だった。
・三方が原の戦い:徳川家康の気質も計算のうちで、圧勝。
・移り変わりに敏感。手紙(行動)が早い→勝利の秘訣。
・これから織田信長(自分の国のことでてんてこまい。かなり弱っていた。)
を制圧して…!というところで浅倉さんが兵を引いてしまった。
もともと浅倉さんは従う気は無い。自分のところが守れればそれでいい。
・あと一歩…ではあったが、戦国時代の終わりに、終わるべくして終わったのかも。
信長は新人類。戦国の戦法は今後、役に立たなくなってゆく。
→息子への負の遺産へ続く。
・小田原城:信玄・謙信の両方に攻められた城。
う〜んこうして追っていても、ドラマチックな人生が浮かび上がってきますね。
すべては語りきれません。ドラマが多すぎて。
(いつかやる・・・かもしれない歴史の会リピートにて聴いてみてください。)
それにしても、本当に好きな人は好きなんですよね。
マキ山さん、レジュメ作成をしながらいろいろ調べていたら
こんな動画を見つけてしまったそうな。
(24将を入れようと努力をしていたり。 胡姫萌え〜!とか入っている。)
愛を感じますね。
あと、川中島の戦いは長野市の作っているこちらが
大変分かりやすく紹介してくれています。
一同、講義を聞きながらI PhoneやPCで検索をして
「おお〜!」と感激していました。ハイテク歴史の会!
【参加者の感想】
・実際に妻女山に行ってみたが、甲陽軍鑑はありえない。
上杉軍の気配に絶対気付くよ!
首を取ると腰につけていくので、最初は勝っていた上杉も
後半は首が重くなって負けてきたんだよね。
〜川中島:存在自体が謎。霧が深いのは事実だが、いろいろミステリー。
・信玄は最後に死んだからヒーローなのでは?
もしも京都へ行っていたらどうなっていただろうか。
甲斐からほぼ出ていない人が。〜京都から見たら、田舎者?
〜信長は新人類。京都へ行っていたとしても…。
・いうことを聞かない部下たちを育てるのが上手だったので、個人的には好き。
・あまり知らなかった、こんなにも天下統一に近いところまで行っていたとは!
それにしても、土地を取ることには一生懸命だが、信念がない。
〜信念はない。根っからの戦国武将。京都も一つの土地だったのでは?
・息子の勝頼はその後、家臣との確執に苦しむようになる。
金山の凋落と共に…。
〜土地は増えたが、その分、財政を支えきれなくなる。
もう少し時間がないと、120万石の年貢は徴収できない。
もう少し長いスパンで…?!そんなことは時代は許してくれない。
・他の人の人生を通して、別の視点でこの時代を見てみたい。
どう見えるのだろう?
表面と内情の絡み合いが見たい。
・大将が一人死ぬと、今川も北条も武田もズタズタに…?!
〜もう戦国時代が終わってしまうことの表れ。
大きな無視できない流れが起こっているということ。
お父さんの業績を期待されているけど、そんな時代じゃない。
周りはそれを分かってくれない。
〜戦国武将の寿命は50年あまり。生物としての寿命。
このまま生きていても、時代にとっての重要なピースじゃない。
・上杉さん、新潟から小田原まで助けに来てくれるなんて…ロマンだね。
・武田信玄、山にこもってあるもので質素に生活しながら
富を増やすという発想が、日本人好み。
その気質が三河武士〜江戸時代の人気に火をつけたのでは?
・今川も、武田も下の武将を育てるのを怠っていた。今のことしか考えていなかった?
〜天下を取る:自分の生きている時代にどれだけのことができるか?!
…それが土地の疲弊を巻き起こす。
土地からお金を作る発想=有限(武田)と、貿易でお金を作る発想=無限(織田)。
海を見ていない人には天下は取れない。
・上杉は本能的。もっとドロドロした面が見てみたかった。
・信玄が勝頼を作った。縦のシステムがある。
それと共に、信玄が家康(自分の息子たちに当てはめ、繁栄)を作った
横のシステムも存在する。
〜家康にとって財産は、いろんな人のシステムを見て参考にして年を取れたこと。
長篠の合戦後、関係者など役立てるものを殺さずに天領に保護。
→全てのシステムを生かそうとした。
それによって、保護された人の中には恩返しの気持ちが生まれ、
天領から幕末には近藤勇が現れる。
・信玄役をやったが、主役で大きなことをしているにもかかわらず、
自分としてはどーんと動いていない感覚がある。
「動かざること山の如し」は戦い方だけではなく
信玄のあり方をも指していたのかも?
〜信玄はシステムとして一代で完結している。完成度が高い。
こんなにすごいといわれている人ほど、意外と資料が少ない。
もうちょっと詳しく知りたかった…調略の内容とか。。
その分、武将たちが信玄の人気を支えているようにも感じる。

そして締めはマキ山動画で!
次回の歴史の会は、9月18日(日)13:00-17:00カフェミヤマ渋谷公園通り店にて。
参加希望の方は、こちらのコメント欄に
一言&お名前を書き入れて参加表明をしてくださいね。
歴史を知ることは、その時代を生きた人から システムを学ぶこと。
ものの見方や捉え方が変わります。
なにより、楽しく学べるのが一番!
ご参加、お待ちしております♪
「こ、今回こそは…ダメかと思いました!」
…といいながら登場したマキ山氏。
どうやらレジュメが16ページになってしまい、
ぎゅうぎゅうに押し込めて7ページに縮めたのだそうな。
それだけ伝えたいことが多かったのですね。
今回は、長かった足利将軍を終えて
いよいよ戦国将軍に突入!!
戦国将軍第一回目は、私も以前住んでいた山梨の
武田信玄です♪

参加者からの予備知識ではこんな声も。
「信玄はマネンジメントの達人。そこから学びたい。」
「武田信玄は戦略家。上杉謙信は戦術家と聞いた。」
「地元(山梨)の武将。釜無川に信玄堤を作った人。政治もとても興味深い。」
「名言集〜人は生垣。人は城。」→本当にお城を持っていなかった。
「影武者が6人いたとか?!」
「女好きだったらしい。でもバイセクシャルだよね?」
私は今回、くじ引きで武田信玄をGET!
これはご縁がありますね〜。
「男も女も両方いけますから。」と高らかに言い放ちつつ…。
本編は始まりました。
私にとって武田信玄のイメージは88年の中井貴一だったのですが
(うちは父が歴史好きで、みんなで大河を見て育ったのですよ。)
↑こうして今見ると、なんとゴージャスな出演者!
最近のところで言うと、風林火山のイメージもありますよね。
ですが、じつは風林火山の元になっている甲陽軍鑑は
神化されたちょっと怪しい部分もあるそうで
その他さまざまな文献・新事実を統合した見解に基づいて
今回は進められました。
最初の登場人物(私の記録可能なところで)を紹介すると
・武田信玄:戦国大名中1・2位を争う人気者。父に疎まれていたが、追放して当主に。
他国に積極的に戦に出かけ、ほとんど常勝。
国の経営にも優れており、江戸時代にフィーバーして人気が上がった。
家臣コレクター。(優れた家臣を多く集めていた。)
・武田信繁:出来がよく、父からも可愛がられていたが、
父親追放の際には兄側につく。有能で、弟としてではなく、家臣として支える。
・今川義元:元はお坊さん。織田信長との桶狭間であまりイメージはよくないが、
じつはとてもよく出来た人。武田とはいろいろな意味で縁があり、同盟を結んでいた。
・武田信虎:信玄の父。他国に攻め入っていくが、農民は重税で苦しめられていた。

戦国の世らしく、信玄はあらゆるところに争いの種を見つけては
こっそりとささやき、土地を奪う。
我ながら胸がすくぐらい堂々と人の弱さに漬け込み領地を広げていくのですが
その傍らで、地元甲斐の国では
暴れ川で有名だった川に15年かけて信玄堤をつくっていたり。
お父さんのしなかった政治の面を自分の代では手を掛けて整備をしていくんですよね。
甲州法度次第を定めて、
武田家当主であっても理不尽な振る舞いがあれば誰からでも訴えられるような
公平なシステムを作ったり。
(喧嘩両成敗はここから始まっているのだそうな。)
富国強兵策として新田開発や金山経営をしていたり。
海無し県ですが、あるものの価値を見出して国を豊かにしていく
みんなのための政治が、人々の心をギュッとつかんだんですね。
なので、お城は無くても(信玄堤にかなりお金が掛かったので…という話もあります)
人を大切にすると、人が守ってくれる。
〜そういうことが「人は城」という言葉に凝縮されていたようです。
(山に囲まれているので誰も攻め入ってこないという側面もありますが。)
以下、マキ山名言集です★

・武田:鎌倉〜室町〜戦国とシステムが入り混じっている。合議制だったとも言われている。
・信玄はつけこみ上手!高遠をそそのかし、諏訪を武田のものに。
(その後は濃衣姫:夕姫の子を諏訪の領主にすれば問題ないと思っていた。)
【武田信玄Style】
親戚にささやく → 暗殺 → いい感じにぐちゃぐちゃになったところにつけこむ。
・勝つ見込みのある争いをしている。72戦中、引き分けも含めて勝率96%。
・甲州法度 分国法:領主も訴えていいんだよ!というのをみんなが知っているのは珍しい。
「徳で人を治めるべきだ」
・○○崩れ:圧倒的敗北のこと。3敗とも、村上義清に。
・真田さんちは調略が得意。
・武田・北条・今川…今まではただ単に仲が悪いだけだったが、
「敵の敵は味方」と連合を組んだことで情勢にも変化が起こる。
娘交換ルートの成立。
今川ー武田:政略結婚だったのに… 義元の死後、「チャンス!」と駿河侵攻。
妻の実家である今川攻めに反対した長男は殺されてしまう。
・川中島の戦い:5回のうち4回はうーんうーんと睨み合っている。
2ヶ月くらいで撤退する。
4回目だけ…武田軍:啄木鳥戦法の失敗で信繁・山本勘助を失う。
上杉軍:前半はよかったが、取った首を腰に下げていて
重たくて後半は死ぬ人が多かった。
→両方あわせて6,000人が死んだ。
・長尾影虎(上杉謙信):調略できない。そういうのは苦手らしい。でも神ががり。
人にはそれぞれ上手く行く方法がある。
・取った国は自分で豊かにして、年貢を吸い上げなきゃ。
「武田の国でよかった」と言わせなきゃ。戦いと同時進行が大事。
・織田信長:坊主と見れば、火をつける。 ※ 信玄も謙信も坊主。
・武田はのろしネットワーク (By 高坂)を持っていた。
・人を失って、土地を取った武田か。
人は失わずに、土地を失った上杉か?!
・信玄の同盟は役に立たないと有名だった。
・三方が原の戦い:徳川家康の気質も計算のうちで、圧勝。
・移り変わりに敏感。手紙(行動)が早い→勝利の秘訣。
・これから織田信長(自分の国のことでてんてこまい。かなり弱っていた。)
を制圧して…!というところで浅倉さんが兵を引いてしまった。
もともと浅倉さんは従う気は無い。自分のところが守れればそれでいい。
・あと一歩…ではあったが、戦国時代の終わりに、終わるべくして終わったのかも。
信長は新人類。戦国の戦法は今後、役に立たなくなってゆく。
→息子への負の遺産へ続く。
・小田原城:信玄・謙信の両方に攻められた城。
う〜んこうして追っていても、ドラマチックな人生が浮かび上がってきますね。
すべては語りきれません。ドラマが多すぎて。
(いつかやる・・・かもしれない歴史の会リピートにて聴いてみてください。)
それにしても、本当に好きな人は好きなんですよね。
マキ山さん、レジュメ作成をしながらいろいろ調べていたら
こんな動画を見つけてしまったそうな。
(24将を入れようと努力をしていたり。 胡姫萌え〜!とか入っている。)
愛を感じますね。
あと、川中島の戦いは長野市の作っているこちらが
大変分かりやすく紹介してくれています。
一同、講義を聞きながらI PhoneやPCで検索をして
「おお〜!」と感激していました。ハイテク歴史の会!
【参加者の感想】
・実際に妻女山に行ってみたが、甲陽軍鑑はありえない。
上杉軍の気配に絶対気付くよ!
首を取ると腰につけていくので、最初は勝っていた上杉も
後半は首が重くなって負けてきたんだよね。
〜川中島:存在自体が謎。霧が深いのは事実だが、いろいろミステリー。
・信玄は最後に死んだからヒーローなのでは?
もしも京都へ行っていたらどうなっていただろうか。
甲斐からほぼ出ていない人が。〜京都から見たら、田舎者?
〜信長は新人類。京都へ行っていたとしても…。
・いうことを聞かない部下たちを育てるのが上手だったので、個人的には好き。
・あまり知らなかった、こんなにも天下統一に近いところまで行っていたとは!
それにしても、土地を取ることには一生懸命だが、信念がない。
〜信念はない。根っからの戦国武将。京都も一つの土地だったのでは?
・息子の勝頼はその後、家臣との確執に苦しむようになる。
金山の凋落と共に…。
〜土地は増えたが、その分、財政を支えきれなくなる。
もう少し時間がないと、120万石の年貢は徴収できない。
もう少し長いスパンで…?!そんなことは時代は許してくれない。
・他の人の人生を通して、別の視点でこの時代を見てみたい。
どう見えるのだろう?
表面と内情の絡み合いが見たい。
・大将が一人死ぬと、今川も北条も武田もズタズタに…?!
〜もう戦国時代が終わってしまうことの表れ。
大きな無視できない流れが起こっているということ。
お父さんの業績を期待されているけど、そんな時代じゃない。
周りはそれを分かってくれない。
〜戦国武将の寿命は50年あまり。生物としての寿命。
このまま生きていても、時代にとっての重要なピースじゃない。
・上杉さん、新潟から小田原まで助けに来てくれるなんて…ロマンだね。
・武田信玄、山にこもってあるもので質素に生活しながら
富を増やすという発想が、日本人好み。
その気質が三河武士〜江戸時代の人気に火をつけたのでは?
・今川も、武田も下の武将を育てるのを怠っていた。今のことしか考えていなかった?
〜天下を取る:自分の生きている時代にどれだけのことができるか?!
…それが土地の疲弊を巻き起こす。
土地からお金を作る発想=有限(武田)と、貿易でお金を作る発想=無限(織田)。
海を見ていない人には天下は取れない。
・上杉は本能的。もっとドロドロした面が見てみたかった。
・信玄が勝頼を作った。縦のシステムがある。
それと共に、信玄が家康(自分の息子たちに当てはめ、繁栄)を作った
横のシステムも存在する。
〜家康にとって財産は、いろんな人のシステムを見て参考にして年を取れたこと。
長篠の合戦後、関係者など役立てるものを殺さずに天領に保護。
→全てのシステムを生かそうとした。
それによって、保護された人の中には恩返しの気持ちが生まれ、
天領から幕末には近藤勇が現れる。
・信玄役をやったが、主役で大きなことをしているにもかかわらず、
自分としてはどーんと動いていない感覚がある。
「動かざること山の如し」は戦い方だけではなく
信玄のあり方をも指していたのかも?
〜信玄はシステムとして一代で完結している。完成度が高い。
こんなにすごいといわれている人ほど、意外と資料が少ない。
もうちょっと詳しく知りたかった…調略の内容とか。。
その分、武将たちが信玄の人気を支えているようにも感じる。

そして締めはマキ山動画で!
次回の歴史の会は、9月18日(日)13:00-17:00カフェミヤマ渋谷公園通り店にて。
参加希望の方は、こちらのコメント欄に
一言&お名前を書き入れて参加表明をしてくださいね。
歴史を知ることは、その時代を生きた人から システムを学ぶこと。
ものの見方や捉え方が変わります。
なにより、楽しく学べるのが一番!
ご参加、お待ちしております♪
